ゾロアスター教の教えに見る環境倫理:清浄さと創造物への敬意
ゾロアスター教における自然観と環境倫理の基盤
「信仰と地球の未来」をご覧いただきありがとうございます。当サイトでは、世界の様々な宗教が環境保護や持続可能な社会の実現にどう関わっているかを探求しています。今回は、古代ペルシアを起源とするゾロアスター教の教えに見る環境倫理に焦点を当ててみます。ゾロアスター教は、紀元前6世紀頃に預言者ザラスシュトラ(ゾロアスター)によって開かれたとされる一神教で、善悪二元論や終末論など、後のユダヤ教、キリスト教、イスラム教にも影響を与えたと考えられています。この信仰体系において、自然や環境は非常に重要な位置を占めています。
ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダーは、すべての善き創造主とされています。そして、火、水、大地、空気といった自然界の要素は、アフラ・マズダーの善き創造物であり、聖なるものとして敬意をもって扱われます。これは、ゾロアスター教の核となる概念の一つである「アーシャ(Asha)」、すなわち「真実」「秩序」「正義」と深く結びついています。アーシャは宇宙の法則、自然界の調和を意味し、これを守ることが人間の倫理的な義務とされています。自然を破壊したり汚染したりすることは、この神聖な秩序であるアーシャに反する行為と見なされるのです。
また、「アールマティ(Armaiti)」という概念も環境倫理に関連が深いです。アールマティは「敬虔」「献身」といった意味を持つと同時に、大地そのものを象徴するとも解釈されます。大地への敬意、大地を大切に扱うこと、そして農耕を通じて大地の恵みを享受することは、ゾロアスター教徒にとって重要な行為であり、持続可能な土地利用や農業への倫理的な基盤を提供しています。
清浄さの重視と環境への配慮
ゾロアスター教では、物理的および精神的な清浄さが極めて重視されます。特に、火、水、大地といった聖なる要素を不浄から守ることは、信徒の重要な務めです。例えば、ゾロアスター教の寺院である拝火廟の聖なる火は、常に清浄に保たれ、排泄物や死体など不浄とされるものが触れることは厳しく禁じられています。葬儀においても、死体を大地や水、火に直接触れさせない独特の方法(鳥葬など)が用いられてきました。
このような清浄さへのこだわりは、現代的な視点で見ると、環境保護や衛生管理の実践に通じる側面を持っています。水を汚さない、大地を汚さない、空気を清浄に保つといった教えは、天然資源の保護や公衆衛生の維持に直接的に貢献する倫理観と言えるでしょう。もちろん、これは現代科学的な環境保護の知識や技術に基づくものではありませんが、自然界の要素を神聖視し、それを丁寧に扱うという教えは、現代の環境問題に対しても深い示唆を与えています。すなわち、自然を単なる資源としてではなく、それ自体に価値があるもの、あるいは敬意を払うべき対象として捉える視点です。
現代におけるゾロアスター教徒の環境への取り組み事例
ゾロアスター教徒のコミュニティは、主にインド(パールシーと呼ばれる人々)やイラン、そして欧米に広がっています。これらのコミュニティでは、古くからの教えに基づいた環境への配慮が現代的な取り組みに結びついている事例が見られます。
例えば、インドのパールシー社会は、教育水準が高く、経済的にも成功した人々が多いことで知られています。彼らは、古くからの教えである清浄さや自然への敬意を背景に、環境保護活動に関心を持つ人が少なくありません。慈善活動の一環として、植林活動を行ったり、環境教育を支援したりする事例が報告されています。また、コミュニティ内での水の管理や廃棄物の処理において、伝統的な価値観が現代的な方法と組み合わされている可能性も示唆されています。
海外のゾロアスター教コミュニティでは、小規模ながらも教会の敷地内での植栽活動や、地域社会と連携した清掃活動などが報告されています。これらの活動は、彼らの信仰における大地や自然への敬意、そして地域社会への貢献という側面が表れたものと言えるでしょう。特定の環境保護団体との大規模な組織的な連携事例は、他の大規模宗教に比べて少ないかもしれませんが、個々の信徒や小規模コミュニティによる実践は着実に行われています。
これらの事例から、ゾロアスター教の教えが、現代においても信徒の環境意識を高め、具体的な行動へと動機づける力を持っていることが分かります。特に、自然を神聖視し、清浄さを保つべき対象とする視点は、現代の物質主義的な自然観に対するオルタナティブな視点を提供し、異なる文化や背景を持つ人々に環境問題を伝える際の新たな切り口となり得ます。
まとめ:ゾロアスター教の教えが示唆すること
ゾロアスター教の教え、特にアーシャ(秩序、真実)やアールマティ(大地、敬虔)といった概念、そして火・水・大地・空気の清浄さを重視する価値観は、現代の環境倫理や持続可能な社会の実現に向けて重要な示唆を与えています。自然を単なる資源ではなく、それ自体が価値を持ち、敬意を払われるべき神聖な創造物であると捉える視点は、環境問題の根本原因である人間中心主義的な考え方を見直すきっかけとなります。
ゾロアスター教徒のコミュニティで行われている環境への配慮や取り組みは、たとえ規模が小さくても、彼らの信仰に根ざした実践として価値があります。こうした事例は、宗教コミュニティがその独自の教えや文化を基盤として、どのように環境問題に取り組めるかを示す一例となります。
環境系NPOの職員や研究者、教育関係者、宗教関係者の皆様にとって、ゾロアスター教のようなあまり知られていない宗教の環境観を知ることは、多様な背景を持つ人々と環境問題について対話する際の知識を深め、異なる視点からの協働の可能性を探る上で有益でしょう。今後も、「信仰と地球の未来」では、様々な信仰が地球の未来にどう貢献できるかを探求してまいります。